




さあ、メガネの話をしよう
無人島に1つだけ何かを持っていくのであれば、間違いなくメガネです。もしくはコンビニです。それくらいメガネがないと生活できません。コンタクトレンズをつけるためにもメガネは必要です。てか、男も女もメガネかけてるほうが可愛さ倍増です。そうです、僕はメガネ萌えです。
結婚相手もメガネがいいなあ。知的な感じだし。でもいつからメガネに萌えるようになったんだろう。これは紐解く必要があるな、うん、メガネ男子として。そんなまとめサイトです。
メガネ男子ゎ待った……メガネが帰ってくるの…でも……もぅつかれちゃった…でも…あきらめるのょくなぃって…メガネ男子ゎ…ぉもって…独身貴族の家で待った…でも………コンタクトのストック切れて……何にも見えないょ……ゴメン……メガネ壊しちゃった…でも……メガネ男子とメガネゎ……ズッ友だょ……!!
メロス「ズッ友だょ……!!」まとめ - NAVER まとめ:http://matome.naver.jp/odai/2133648865927163301
眼鏡の歴史
発明以前
レンズを使って物を(拡大して)見ることに関しては、紀元前8世紀の古代エジプトのヒエログリフに「単純なガラス製レンズ」を表す絵文字がある。レンズで拡大して見ることについての具体的な記録としては、紀元1世紀皇帝ネロの家庭教師だった小セネカが「文字がどんなに小さくて不明瞭でも、水を満たした球形のガラス器やグラスを通せば、拡大してはっきり見ることができる」と書いている。ネロ自身もエメラルドを矯正レンズ代わりにして剣闘士の戦いを観戦したと言われている。
矯正レンズは9世紀のアッバース・イブン・フィルナスが使っていたと言われており、彼は非常に透明なガラスの製造方法を考案した。そのようなガラスを半球形にして磨き、文字を拡大して見るのに用いたものを reading stone という。凸レンズを使った拡大鏡が初めて記録されたのは、1021年にイブン・アル・ハイサムが出版した『Kitab al-Manazir』(光学の書)である。これが12世紀にラテン語に翻訳され、それに基づいて13世紀イタリアで眼鏡が発明されることになった。
ロバート・グロステストが1235年より前に書いたとされる論文 De iride ("On the Rainbow") には「遠距離から小さな文字を読む」ために光学を用いることへの言及がある。1262年、ロジャー・ベーコンもレンズが物を拡大して見せる特性があることを記述している。
サングラスの原型は煙水晶の平らな板を使ったもので、中国で裁判官が視線を隠すために使った。12世紀かそれ以前から使われていたとされている。ただし、レンズにして矯正するという発想はなかった。
眼鏡の発明
1284年ごろのイタリアで、Salvino D'Armate が世界初の眼鏡を発明したとされている。絵に眼鏡が描かれたのは Tomaso da Modenaの1352年の肖像画が最初で、枢機卿 Hugh de Provence が写字室で書物を読んでいる姿が描かれている。また、1403年に作られたドイツBad Wildungen の教会の祭壇飾りに眼鏡が描かれている。
眼鏡の発明者が誰なのかについては、諸説ある。1676年、ピサ大学の医学の教授だったフランチェスコ・レディは、1289年に書かれた手稿を持っており、それには「最近発明された眼鏡がなかったら読み書きができなくて困っていただろう」と書かれていると記している。彼はまた、1306年2月23日水曜日朝にフィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェーラ教会において行われた説教の記録も参照している。その説教を行ったのはドミニコ会の修道士フラ・ジョルダーノ・ダ・リヴァルトで、眼鏡について「この20年以内の発明である」「発明者と話をしたことがある」と述べたという。これを根拠として、レディはもう1人のドミニコ会修道士でピサのフラ・アレッサンドロ・ダ・スピナが発明者だとした。そして、実際には真の発明者が別にいたがその人物はそれを秘密にし、ダ・スピナが再発明したと推測している。レディはダ・スピナの死亡記録も参照している。
発明の正確な時期と発明者は今後もずっと探求されると思われるが、眼鏡が1280年から1300年の間にイタリアで発明されたことはほぼ確実である。初期の眼鏡は凸レンズを使っており、遠視と老視を矯正できたが、もっぱら老眼に使われた。中世において眼鏡は知識と教養の象徴であり、聖人の肖像には、たとえ眼鏡発明以前の人物であっても、眼鏡がしばしば描き入れられた(アウグスティヌスなど)。
近視を凹レンズで矯正できることを発見したのは、ニコラウス・クザーヌス (1401年 - 1464年)とされている。ただし、凸レンズや凹レンズによる視力矯正を理論付けしたのはヨハネス・ケプラーの光学や天文学の論文であり、1604年のことである。
また、日本に眼鏡を伝えたのは、宣教師フランシスコ・ザビエルで、周防国の守護大名・大内義隆に謁見した際に献上したのが最初といわれている。
その後の改良
アメリカ合衆国の科学者ベンジャミン・フランクリンは近視と老視に悩まされ、1784年に眼鏡をいちいち交換しなくて済むように多重焦点レンズを発明した。1825年、イギリスの天文学者ジョージ・ビドル・エアリーが世界初の乱視用レンズを製作した。
眼鏡のフレームも進化してきた。初期の眼鏡は手で押さえるか、鼻を挟み込んで使う形だった(鼻メガネ)。ジロラモ・サヴォナローラが眼鏡にリボンをつけて頭に巻いて縛り、帽子をかぶれば外れないという提案をした。現在のようにつるを耳にかける形のフレームは、1727年にイギリスの眼鏡屋エドワード・スカーレットが開発した。そのデザインはすぐに広まったわけではなく、18世紀から19世紀初期にかけて柄付眼鏡などもファッションとして使われ続けた。
20世紀に入ると、カール・ツァイスの Moritz von Rohr(および H. Boegehold と A. Sonnefeld)が Zeiss Punktal という球面レンズを開発し、その後これが眼鏡用レンズとして広く使われるようになった。
眼鏡の構成
眼鏡とは、英語でa pair of glasses(一組のガラス)と呼ばれるように、本質的には眼前に置かれた2枚のレンズであり、レンズを支えるフレーム、テンプルなど以下の部品から構成される。
- フレーム
- テンプル+モダン
- ブリッジ
- 智・蝶番
- パッド+クリングス
日本の眼鏡店
あ
- 愛眼
- 東江メガネ
い
- イワキ (メガネ)
え
- EXPRESS GLASS
お
- オールジャパンメガネチェーン
- オンデーズ
き
- キクチメガネ
- 銀座メガネ
さ
- 三愛
し
- ジェイアイエヌ
せ
- ゼノン (企業)
そ
- Zoff
た
- 武田メガネ
て
- 天神愛眼グループ
と
- ドクターアイズ
に
- 日本オプティカル
- 弐萬圓堂
ひ
- ビジョンメガネ
ふ
- 富士メガネ
み
- 三城
め
- メガネ1番
- メガネサロンルック
- メガネスーパー
- メガネストアー
- メガネセンター
- メガネトップ
- メガネドラッグ
- メガネの相沢
- メガネ21
- メガネのひらまつ
- メガネのプリンス
- メガネの丸善
- メガネの和光
- メガネバスター
- メガネ本舗
や
- ヤノメガネ
よ
- ヨネザワ
わ
- 和真
日本メガネ党
日本メガネ党は、おぎやはぎが党首と幹事長を務める架空の政党である。大手メガネチェーンであるメガネストアーが支援している。
- 日本メガネ党宣言
- 党首(小木)・幹事長(矢作)からのメッセージ
- 後援会長(メガネストアー社長)からのメッセージ
- 日本メガネ党8則
- メガネ政策三本柱
- 機構図
- 党歌(振りつき)
- 日本メガネ党シンボルについて
YouTubeを使用した政見放送(党員が増えると新作を公開)や街頭演説を見られるほか、入党試験を受けて党員になることも可能である。「メガネ愛」が問われる入党試験は難易度が高いが、見事及第点を取ると、その点数に応じたブログシールがもらえる。
2006年9月20日の自民党総裁選に対抗するかのように、「日本メガネ党総裁選」を実施。小木と矢作による次期総裁をかけた戦いが10月7日まで行われた。その後WEB上にて、党員参加型の日本メガネ党大会や、交流の場としてタウンミーティングが行われた。